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自分の納得出来る生き方、在り方を求めて思索し続け、省察と観察を続ける日々の雑感、随想を綴ります。
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今日は、昨夜からの雨が午前中に雪に変わり、あっと言う間に積もりました。
ここで粟谷塾を開いて以来、雪が積もるのは初めてだ、と思います。

それはさておき、昨日の早朝には、近所の海岸で「正月の松飾りやお札など縁起ものを焼いて新しい年の家内安全と無病息災を祈る『おんべ焼き』の伝統行事」が行なわれたようです。
一緒に行こう、と生徒に誘われもしたのですが、約束出来ず、案の定、一昨日の夜から昨日の夕方頃まで、仕事をしながら気が付いたら寝ていて、寝ちゃ起き、寝ちゃ起きの繰り返しで、とても行ける状態ではありませんでした。
そんな風に疲れが出たのは、一昨昨日(さきおととい)の金曜日に懸案が二つ同時に目出度い方向に一段落して、知らず知らず気が緩んでいたからだろう、と思います。
また、冬休み中に溜めた疲れも出ているだろう、と思います。
考えてみると、この頃は生徒達の学校の長期休暇(つまり、生徒達が毎日午後早々から来塾する時期)が終わる度に熱を出したりインフルエンザに罹ったりしていましたが、今回の冬休みについては、この程度で済みそうです。
生徒の御宅から柚子を頂き、勧められて遣った柚子湯の効き目は大きかった、と思います。
入っている最中から体が温まり、湯冷めもしないのが良く分かりました。
また、その他にも、皆さんから栄養の有る物(しかも美味しかったです^^)を沢山頂きました。
本当に助かりました。

話を「おんべ焼き」に戻すと、今回は見に行けませんでしたが、来年か再来年には是非行ってみたい、と思っています。
福岡、広島で育って、上京した私にとって、首都圏(一都三県)で最も不思議な事の一つが、祭りです。
広島から上京する頃やその少し前の20数年前、私は、広島や福岡よりも都市化、近代化が進んでいるであろう首都圏では、祭りなどと云う因襲的な物はほぼ死滅しているだろう、と思っていました。
と言うのも、広島でも福岡でも、地元の町内に盛り上がる伝統的な祭りが有る、と云うような事は先ず無く(多分)、祭りと言えば、それこそ日本を代表するような大規模な祭りしか無かったからです。
しかも、福岡の二大祭り、どんたく山笠は私の家からは遠い中心街で行なわれる祭りで私とは接点が無く、広島最大の祭りに至っては、「フラワーフェスティバル」と云うカタカナ名の、伝統など有る筈も無い今時の祭りでした。
  • 因みに、ひろしまフラワーフェスティバル博多どんたくは、ゴールデンウィーク中の全国最大動員数(100万人以上)を競う規模の祭りで、どちらも(多分特にフラワーフェスティバルは)、素人による出し物と芸能人によるショーが沢山行なわれる”市民大文化祭”的な祭りです。
そんな訳で、私としては、広島や福岡では、伝統的な祭りは廃れつつある滅びゆく前時代的な因襲の残りであり、況して近代都市文明化が進んでいる筈の首都圏に(観光目的の三社祭等を除いて)在る筈が無い、と思っていました。
ところが、いざ上京してみると、町内規模の伝統的な祭りの多い事!
東京の渋谷のど真ん中の町内会が倉庫に御輿を持っているのを見た時には、本当に驚きました。
世界から近未来都市のように言われている東京、日本首都圏と、町内規模の伝統的な祭りが、どう両立し得ているのか、私には不思議で堪りません。

こう云う見方には、私の希望も混じっている、と思います。
私は、伝統的な祭りに、地縁、血縁と云った自分の意志によらずに結び付くように強いられた人間関係に基づく狭量な因襲を感じるのですが、そう云う物を嫌ってきました。
そう云う物に縛られずに各人の意志によって結ばれる人間関係を望んできました。
不可避的にそう云う祭りが在って参加しなければならない、と云う状況にもし自分が置かれたとすると、と考えると、とてもそんな場には居たくない、と思ってきました。
ですから、福岡や広島の都市化の方向性、と私が感じた状況は、私にとって非常に望ましく、居心地が良く、首都圏でそれがもっと進んでいるのであれば、願ったり叶ったりでした。
言い方を換えれば、集団を主、個人を従として、個人が集団に迎合して所属する関係が嫌だ、と云う言い方も出来ます。
集団の在り方と個人の在り方が対立する時、変わるべく率先するのは、可能な限り先ず集団だ、と云う関係です。
ですから、私は、例えば、粟谷塾に入塾する生徒には、粟谷塾の色に染まるのではなく、粟谷塾に自分の色を加えてほしい、と思います。
私は、そう云う塾の在り方を追求してきました。
粟谷塾で認められないのは、自分の色を顧みる事無く他人の色に染まろうとする事だけです。

ただ、生徒達の話を聞いていると、イベントによっては、生徒の親とその友達仲間が実質的な運営母体になって行なわれているイベントも在るようです。
今までに私が聞いた限りで言うと、横須賀は、地元出身の人達がそのまま地元に留まって結婚し、家庭を持っている事が多いようなので、地元の有志が集まると、結局、昔からの友達の集まりになる事も結構在るようです。
それだと、私がイメージしてきたのとは大分違う感じになるような気もします。
つまり、自分達が作り上げてきた関係や環境を基盤とし、自分達の主体性を機軸として行なうイベント、と云う風になる事も考えられます。

何はともあれ、生徒達と保護者達が触れ、楽しんできた「おんべ焼き」ですから、先ずはそれを可能な限り実感したい気持ちが有ります。
そして、その中で私がそれをどう感じるのか、何か新しい見方を得る事が出来るか、それを試したい気持ちが有ります。
狭量で閉鎖的な因襲だ、と思ってきた伝統的な祭りに対して、新しい肯定的な見方を得る事が出来れば、これは面白い、と思います。
そう云う訳で、来年か再来年には、是非近所の「おんべ焼き」を見に行けたら、と思っています。

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プロフィール
HN:
粟谷 聡
年齢:
53
HP:
性別:
男性
誕生日:
1971/09/03
職業:
粟谷塾塾長
趣味:
他の誰でもない私自身の人生
自己紹介:
在野の思索家です。家塾粟谷塾を経営しながら、自分の納得出来る生き方、在り方を模索しています。
粟谷塾のブログ「粟谷塾の夜話」も随時更新中です。
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