自分の納得出来る生き方、在り方を求めて思索し続け、省察と観察を続ける日々の雑感、随想を綴ります。
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「粟谷塾の夜話 夏休みを彩ってくれた仲間達」に書いた、残る2匹の「新しい仲間」を紹介します。
1匹はこちらです。
以前「若蜘蛛一匹、孤独な練習」で紹介した時より大分大きくなったようです。
立派に成長し、今や皆に認められる存在になりました^^
2匹紹介した内のどっちだか分かりませんが…^^;
そして、もう1匹はこちらです。
正面から見ると、こんな感じです。
差別に負けず、健気に生きています。
1匹はこちらです。
以前「若蜘蛛一匹、孤独な練習」で紹介した時より大分大きくなったようです。
立派に成長し、今や皆に認められる存在になりました^^
2匹紹介した内のどっちだか分かりませんが…^^;
そして、もう1匹はこちらです。
正面から見ると、こんな感じです。
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14日(水)、先月末以来久々に粟谷塾の授業を休みにし、生徒の来ない日を過ごしました。
“教科書供給会社”見学の下見に行ってくる為です。
その見学を企画したのは、生徒が、一般の塾が使っている、所謂“塾教材”の出来方に興味を持ち、それを受けて、私が、その機会に一般の塾の指導と粟谷塾の指導の違いを皆に一層良く理解してもらおう、と考えたからでした。
因みに、“教科書供給会社”とは、各都道府県に在る会社で、教科書発行業者と教科書取扱書店を繋ぐ役割を果たしている会社です。―※参考:発行10.教科書供給の仕組み:文部科学省。
そして、“教科書供給会社”では、所謂“塾教材”も扱っています。
各都道府県の“教科書供給会社”は、東京教科書供給株式会社のウェブサイトの左欄、「教科書」中の「お問合せMAP」のページや「LINK」中の「供給会社」のページに掲載されています。
14日(水)、初め神奈川県教科書販売株式会社に行きましたが、一般への閲覧はしていない、と言われた為、かつて通っていた東京都第一教科書供給株式会社に行く事にしました。
何年か振りの東京でした。
京急電車が多摩川を渡り東京都に入ると、何だか“帰ってきた”と云うような気分になりました。
かつて新幹線が東京駅に近付く時に感じていたのと同じ気分でした。
色んな事が有った東京でした。
密度の濃い気分でした。
それは、過ぎ去った事も残してきた事も全て飲み込んだような独特の気分です。
そしてまた、裏を返せば、今の私の生活の平和を感じさせる気分でもありました。
新宿で割と遅くまで過ごしました。
ふと、かつての、0時や1時頃の終電で帰るつもりの気分で居る事に気付き、ちょっと慌てました^^;
今は三浦半島に帰らなければならないのだ、と気付きました。
京急長沢駅を降り、改札を出て、帰りの道を歩くと、また“帰ってきた”と云う気分になりました。
今、私は、ここに住み、ここで家塾を開き、ここに日々生徒や他の人達を招き、特に問題が起きなければずっとここに住み続けるつもりで居ます。
確かに、“帰ってきた”訳です。
参考ページ
“教科書供給会社”見学の下見に行ってくる為です。
その見学を企画したのは、生徒が、一般の塾が使っている、所謂“塾教材”の出来方に興味を持ち、それを受けて、私が、その機会に一般の塾の指導と粟谷塾の指導の違いを皆に一層良く理解してもらおう、と考えたからでした。
因みに、“教科書供給会社”とは、各都道府県に在る会社で、教科書発行業者と教科書取扱書店を繋ぐ役割を果たしている会社です。―※参考:発行10.教科書供給の仕組み:文部科学省。
そして、“教科書供給会社”では、所謂“塾教材”も扱っています。
各都道府県の“教科書供給会社”は、東京教科書供給株式会社のウェブサイトの左欄、「教科書」中の「お問合せMAP」のページや「LINK」中の「供給会社」のページに掲載されています。
14日(水)、初め神奈川県教科書販売株式会社に行きましたが、一般への閲覧はしていない、と言われた為、かつて通っていた東京都第一教科書供給株式会社に行く事にしました。
何年か振りの東京でした。
京急電車が多摩川を渡り東京都に入ると、何だか“帰ってきた”と云うような気分になりました。
かつて新幹線が東京駅に近付く時に感じていたのと同じ気分でした。
色んな事が有った東京でした。
密度の濃い気分でした。
それは、過ぎ去った事も残してきた事も全て飲み込んだような独特の気分です。
そしてまた、裏を返せば、今の私の生活の平和を感じさせる気分でもありました。
新宿で割と遅くまで過ごしました。
ふと、かつての、0時や1時頃の終電で帰るつもりの気分で居る事に気付き、ちょっと慌てました^^;
今は三浦半島に帰らなければならないのだ、と気付きました。
京急長沢駅を降り、改札を出て、帰りの道を歩くと、また“帰ってきた”と云う気分になりました。
今、私は、ここに住み、ここで家塾を開き、ここに日々生徒や他の人達を招き、特に問題が起きなければずっとここに住み続けるつもりで居ます。
確かに、“帰ってきた”訳です。
参考ページ
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ここに引っ越してきて以来、もうちょっと正確に言うと今月に入ってから、オーディオのスピーカーで音楽を聴いています。
製品名は、”TANNOY SYSTEM 8”です。
確か、上京して間も無い頃、約20年前に買ったスピーカーです。
その後、一部の機器が故障し、修理の事を考える時間も無かった為、多分、ここ10年位は、アンプや他の機器と共に、押入れに眠っていました。
勿論、いつかまた聴こう、と思っていたからこそずっと持ち歩いてきた訳ですが、具体的にいつになるか、は考えも付きませんでした。
それが、粟谷塾を支えてくれている仲間が、授業でDVDを観られるように、と機器を寄贈してくれた為、突然に今また、このスピーカーで音楽を聴ける時機が到来しました。
今、ちょっと感激しながら聴いています。
それにしても、かつてのオーディオブームは意外に短かったようで、30代以下の若い人達の中には、こう云うスピーカー自体を見た事が無い、と云う人も居るようです。
私が10代の後半だったオーディオブーム全盛の頃には、カセットテープにも、ノーマル、ハイポジ、メタル、と音質と値段の違う種類が有り、また、CDが出始めた頃で、そんなにオーディオに詳しくない私の周りでも「CDとメタルテープはどちらが音質が良いか?」と云った話題も出る等していました。
その後、音質よりも便利さが追求されるようになって、オーディオブームは急速に萎んでしまったようです。
あのオーディオブームもバブル時代ならではの文化の一つだったのでしょうか?
私より年配の世代の方々の中には、レコードを大切になさっている方々が居られるのも知っています。
何だか、音楽のブームにも、その時々の世界経済の有様が如実に表れているような気がします。
そう思うと、仲間が塾に寄贈してくれた機器で最初に観たDVDが「テルマエ・ロマエ」だったのは象徴的です^^
参考ページ
製品名は、”TANNOY SYSTEM 8”です。
確か、上京して間も無い頃、約20年前に買ったスピーカーです。
その後、一部の機器が故障し、修理の事を考える時間も無かった為、多分、ここ10年位は、アンプや他の機器と共に、押入れに眠っていました。
勿論、いつかまた聴こう、と思っていたからこそずっと持ち歩いてきた訳ですが、具体的にいつになるか、は考えも付きませんでした。
それが、粟谷塾を支えてくれている仲間が、授業でDVDを観られるように、と機器を寄贈してくれた為、突然に今また、このスピーカーで音楽を聴ける時機が到来しました。
今、ちょっと感激しながら聴いています。
それにしても、かつてのオーディオブームは意外に短かったようで、30代以下の若い人達の中には、こう云うスピーカー自体を見た事が無い、と云う人も居るようです。
私が10代の後半だったオーディオブーム全盛の頃には、カセットテープにも、ノーマル、ハイポジ、メタル、と音質と値段の違う種類が有り、また、CDが出始めた頃で、そんなにオーディオに詳しくない私の周りでも「CDとメタルテープはどちらが音質が良いか?」と云った話題も出る等していました。
その後、音質よりも便利さが追求されるようになって、オーディオブームは急速に萎んでしまったようです。
あのオーディオブームもバブル時代ならではの文化の一つだったのでしょうか?
私より年配の世代の方々の中には、レコードを大切になさっている方々が居られるのも知っています。
何だか、音楽のブームにも、その時々の世界経済の有様が如実に表れているような気がします。
そう思うと、仲間が塾に寄贈してくれた機器で最初に観たDVDが「テルマエ・ロマエ」だったのは象徴的です^^
参考ページ
- 横須賀市の個人塾(家塾) 粟谷塾
- TANNOY SYSTEM8 〜その2〜 セッテイング編 : 謎のTANNOY RHR Special Limited
- タンノイ - Wikipedia
- ティアック - Wikipedia
- 音に埋もれて眠りたい 滅び行くオーディオ業界が生きのびるには?
- Hi-Fi - Wikipedia
- エンターブレイン BEAM COMIX「テルマエ・ロマエ」公式サイト
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朝起きると、小さな若い蜘蛛が、机の角から垂らした糸にぶら下がっていました。
引っ越してきて間も無いこの家には、蜘蛛の餌になるような小さな虫がまだ沢山居るようで、蜘蛛も沢山居ます。
自分が垂らした糸に掴まって、エレベーター宜しく、静かにスーッと、上がったり下がったり止まったりを繰り返しています。
糸捌きの練習をしているようです。
考えてみると、虫は幼い内から親元を離れて一人で生きているのですね。
若蜘蛛一匹、孤独な練習です。
※追伸
って云う記事を書いて投稿したら、目の前に別の若蜘蛛がひょこっと現れました。
分かって出てきとるんかいな、君は…^^;
引っ越してきて間も無いこの家には、蜘蛛の餌になるような小さな虫がまだ沢山居るようで、蜘蛛も沢山居ます。
自分が垂らした糸に掴まって、エレベーター宜しく、静かにスーッと、上がったり下がったり止まったりを繰り返しています。
糸捌きの練習をしているようです。
考えてみると、虫は幼い内から親元を離れて一人で生きているのですね。
若蜘蛛一匹、孤独な練習です。
※追伸
って云う記事を書いて投稿したら、目の前に別の若蜘蛛がひょこっと現れました。
分かって出てきとるんかいな、君は…^^;
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以前大好きだったテレビCMの動画を偶然見付けました。
今観ても、やっぱり面白いです^^
では、どうぞご覧下さい^^
【ホットペッパーCM全集(多分) - YouTube】
私が特に好きだったのは、「スパゲッティ食べたでしょ?」のやつです^^
今観ても、やっぱり好きです^^
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久々の更新です。
忙しく暮らしています。
・・・の筈ですが。
ここ三日間、目が痒くて堪りません。
”痒い”を通り越して”痛い”です。
仕事が全く捗りません。
そして、今日は遂に、顔の上半分が腫れ上がりました。
あーあ、参ったね。
忙しく暮らしています。
・・・の筈ですが。
ここ三日間、目が痒くて堪りません。
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仕事が全く捗りません。
そして、今日は遂に、顔の上半分が腫れ上がりました。
あーあ、参ったね。
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今日は、昨夜からの雨が午前中に雪に変わり、あっと言う間に積もりました。
ここで粟谷塾を開いて以来、雪が積もるのは初めてだ、と思います。
それはさておき、昨日の早朝には、近所の海岸で「正月の松飾りやお札など縁起ものを焼いて新しい年の家内安全と無病息災を祈る『おんべ焼き』の伝統行事」が行なわれたようです。
一緒に行こう、と生徒に誘われもしたのですが、約束出来ず、案の定、一昨日の夜から昨日の夕方頃まで、仕事をしながら気が付いたら寝ていて、寝ちゃ起き、寝ちゃ起きの繰り返しで、とても行ける状態ではありませんでした。
そんな風に疲れが出たのは、一昨昨日(さきおととい)の金曜日に懸案が二つ同時に目出度い方向に一段落して、知らず知らず気が緩んでいたからだろう、と思います。
また、冬休み中に溜めた疲れも出ているだろう、と思います。
考えてみると、この頃は生徒達の学校の長期休暇(つまり、生徒達が毎日午後早々から来塾する時期)が終わる度に熱を出したりインフルエンザに罹ったりしていましたが、今回の冬休みについては、この程度で済みそうです。
生徒の御宅から柚子を頂き、勧められて遣った柚子湯の効き目は大きかった、と思います。
入っている最中から体が温まり、湯冷めもしないのが良く分かりました。
また、その他にも、皆さんから栄養の有る物(しかも美味しかったです^^)を沢山頂きました。
本当に助かりました。
話を「おんべ焼き」に戻すと、今回は見に行けませんでしたが、来年か再来年には是非行ってみたい、と思っています。
福岡、広島で育って、上京した私にとって、首都圏(一都三県)で最も不思議な事の一つが、祭りです。
広島から上京する頃やその少し前の20数年前、私は、広島や福岡よりも都市化、近代化が進んでいるであろう首都圏では、祭りなどと云う因襲的な物はほぼ死滅しているだろう、と思っていました。
と言うのも、広島でも福岡でも、地元の町内に盛り上がる伝統的な祭りが有る、と云うような事は先ず無く(多分)、祭りと言えば、それこそ日本を代表するような大規模な祭りしか無かったからです。
しかも、福岡の二大祭り、どんたくと山笠は私の家からは遠い中心街で行なわれる祭りで私とは接点が無く、広島最大の祭りに至っては、「フラワーフェスティバル」と云うカタカナ名の、伝統など有る筈も無い今時の祭りでした。
ところが、いざ上京してみると、町内規模の伝統的な祭りの多い事!
東京の渋谷のど真ん中の町内会が倉庫に御輿を持っているのを見た時には、本当に驚きました。
世界から近未来都市のように言われている東京、日本首都圏と、町内規模の伝統的な祭りが、どう両立し得ているのか、私には不思議で堪りません。
こう云う見方には、私の希望も混じっている、と思います。
私は、伝統的な祭りに、地縁、血縁と云った自分の意志によらずに結び付くように強いられた人間関係に基づく狭量な因襲を感じるのですが、そう云う物を嫌ってきました。
そう云う物に縛られずに各人の意志によって結ばれる人間関係を望んできました。
不可避的にそう云う祭りが在って参加しなければならない、と云う状況にもし自分が置かれたとすると、と考えると、とてもそんな場には居たくない、と思ってきました。
ですから、福岡や広島の都市化の方向性、と私が感じた状況は、私にとって非常に望ましく、居心地が良く、首都圏でそれがもっと進んでいるのであれば、願ったり叶ったりでした。
言い方を換えれば、集団を主、個人を従として、個人が集団に迎合して所属する関係が嫌だ、と云う言い方も出来ます。
集団の在り方と個人の在り方が対立する時、変わるべく率先するのは、可能な限り先ず集団だ、と云う関係です。
ですから、私は、例えば、粟谷塾に入塾する生徒には、粟谷塾の色に染まるのではなく、粟谷塾に自分の色を加えてほしい、と思います。
私は、そう云う塾の在り方を追求してきました。
粟谷塾で認められないのは、自分の色を顧みる事無く他人の色に染まろうとする事だけです。
ただ、生徒達の話を聞いていると、イベントによっては、生徒の親とその友達仲間が実質的な運営母体になって行なわれているイベントも在るようです。
今までに私が聞いた限りで言うと、横須賀は、地元出身の人達がそのまま地元に留まって結婚し、家庭を持っている事が多いようなので、地元の有志が集まると、結局、昔からの友達の集まりになる事も結構在るようです。
それだと、私がイメージしてきたのとは大分違う感じになるような気もします。
つまり、自分達が作り上げてきた関係や環境を基盤とし、自分達の主体性を機軸として行なうイベント、と云う風になる事も考えられます。
何はともあれ、生徒達と保護者達が触れ、楽しんできた「おんべ焼き」ですから、先ずはそれを可能な限り実感したい気持ちが有ります。
そして、その中で私がそれをどう感じるのか、何か新しい見方を得る事が出来るか、それを試したい気持ちが有ります。
狭量で閉鎖的な因襲だ、と思ってきた伝統的な祭りに対して、新しい肯定的な見方を得る事が出来れば、これは面白い、と思います。
そう云う訳で、来年か再来年には、是非近所の「おんべ焼き」を見に行けたら、と思っています。
参考ページ
ここで粟谷塾を開いて以来、雪が積もるのは初めてだ、と思います。
それはさておき、昨日の早朝には、近所の海岸で「正月の松飾りやお札など縁起ものを焼いて新しい年の家内安全と無病息災を祈る『おんべ焼き』の伝統行事」が行なわれたようです。
一緒に行こう、と生徒に誘われもしたのですが、約束出来ず、案の定、一昨日の夜から昨日の夕方頃まで、仕事をしながら気が付いたら寝ていて、寝ちゃ起き、寝ちゃ起きの繰り返しで、とても行ける状態ではありませんでした。
そんな風に疲れが出たのは、一昨昨日(さきおととい)の金曜日に懸案が二つ同時に目出度い方向に一段落して、知らず知らず気が緩んでいたからだろう、と思います。
また、冬休み中に溜めた疲れも出ているだろう、と思います。
考えてみると、この頃は生徒達の学校の長期休暇(つまり、生徒達が毎日午後早々から来塾する時期)が終わる度に熱を出したりインフルエンザに罹ったりしていましたが、今回の冬休みについては、この程度で済みそうです。
生徒の御宅から柚子を頂き、勧められて遣った柚子湯の効き目は大きかった、と思います。
入っている最中から体が温まり、湯冷めもしないのが良く分かりました。
また、その他にも、皆さんから栄養の有る物(しかも美味しかったです^^)を沢山頂きました。
本当に助かりました。
話を「おんべ焼き」に戻すと、今回は見に行けませんでしたが、来年か再来年には是非行ってみたい、と思っています。
福岡、広島で育って、上京した私にとって、首都圏(一都三県)で最も不思議な事の一つが、祭りです。
広島から上京する頃やその少し前の20数年前、私は、広島や福岡よりも都市化、近代化が進んでいるであろう首都圏では、祭りなどと云う因襲的な物はほぼ死滅しているだろう、と思っていました。
と言うのも、広島でも福岡でも、地元の町内に盛り上がる伝統的な祭りが有る、と云うような事は先ず無く(多分)、祭りと言えば、それこそ日本を代表するような大規模な祭りしか無かったからです。
しかも、福岡の二大祭り、どんたくと山笠は私の家からは遠い中心街で行なわれる祭りで私とは接点が無く、広島最大の祭りに至っては、「フラワーフェスティバル」と云うカタカナ名の、伝統など有る筈も無い今時の祭りでした。
- 因みに、ひろしまフラワーフェスティバルと博多どんたくは、ゴールデンウィーク中の全国最大動員数(100万人以上)を競う規模の祭りで、どちらも(多分特にフラワーフェスティバルは)、素人による出し物と芸能人によるショーが沢山行なわれる”市民大文化祭”的な祭りです。
ところが、いざ上京してみると、町内規模の伝統的な祭りの多い事!
東京の渋谷のど真ん中の町内会が倉庫に御輿を持っているのを見た時には、本当に驚きました。
世界から近未来都市のように言われている東京、日本首都圏と、町内規模の伝統的な祭りが、どう両立し得ているのか、私には不思議で堪りません。
こう云う見方には、私の希望も混じっている、と思います。
私は、伝統的な祭りに、地縁、血縁と云った自分の意志によらずに結び付くように強いられた人間関係に基づく狭量な因襲を感じるのですが、そう云う物を嫌ってきました。
そう云う物に縛られずに各人の意志によって結ばれる人間関係を望んできました。
不可避的にそう云う祭りが在って参加しなければならない、と云う状況にもし自分が置かれたとすると、と考えると、とてもそんな場には居たくない、と思ってきました。
ですから、福岡や広島の都市化の方向性、と私が感じた状況は、私にとって非常に望ましく、居心地が良く、首都圏でそれがもっと進んでいるのであれば、願ったり叶ったりでした。
言い方を換えれば、集団を主、個人を従として、個人が集団に迎合して所属する関係が嫌だ、と云う言い方も出来ます。
集団の在り方と個人の在り方が対立する時、変わるべく率先するのは、可能な限り先ず集団だ、と云う関係です。
ですから、私は、例えば、粟谷塾に入塾する生徒には、粟谷塾の色に染まるのではなく、粟谷塾に自分の色を加えてほしい、と思います。
私は、そう云う塾の在り方を追求してきました。
粟谷塾で認められないのは、自分の色を顧みる事無く他人の色に染まろうとする事だけです。
ただ、生徒達の話を聞いていると、イベントによっては、生徒の親とその友達仲間が実質的な運営母体になって行なわれているイベントも在るようです。
今までに私が聞いた限りで言うと、横須賀は、地元出身の人達がそのまま地元に留まって結婚し、家庭を持っている事が多いようなので、地元の有志が集まると、結局、昔からの友達の集まりになる事も結構在るようです。
それだと、私がイメージしてきたのとは大分違う感じになるような気もします。
つまり、自分達が作り上げてきた関係や環境を基盤とし、自分達の主体性を機軸として行なうイベント、と云う風になる事も考えられます。
何はともあれ、生徒達と保護者達が触れ、楽しんできた「おんべ焼き」ですから、先ずはそれを可能な限り実感したい気持ちが有ります。
そして、その中で私がそれをどう感じるのか、何か新しい見方を得る事が出来るか、それを試したい気持ちが有ります。
狭量で閉鎖的な因襲だ、と思ってきた伝統的な祭りに対して、新しい肯定的な見方を得る事が出来れば、これは面白い、と思います。
そう云う訳で、来年か再来年には、是非近所の「おんべ焼き」を見に行けたら、と思っています。
参考ページ
- 横須賀市の個人塾(家塾) 粟谷塾
- 四季折々「おんべ焼き・どんど焼き情報」(横須賀市観光情報「ここはヨコスカ」)
- 横須賀東海岸、伝統の「おんべ焼き」-無病息災願う火祭り - 横須賀経済新聞
- 福岡市民の祭り 博多どんたく港まつり
- 博多祇園山笠公式ホームページ
- ひろしまフラワーフェスティバル
- 博多どんたく - Wikipedia
- 博多祇園山笠 - Wikipedia
- ひろしまフラワーフェスティバル - Wikipedia
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最近、「「トルコの伝統舞踊だ!」 妻暴行容疑で逮捕の夫が激怒、NZ 国際ニュース : AFPBB News」と云うニュースで、家庭内暴力と間違えられるようなダンスがトルコに在る、と云うのを読んで、調べた所、トルコの面白いダンスを知りました。
「コルバストゥ Kolbastı 」と云うダンスです。
※因みに、トルコ語で「コル kol 」とは「腕」の意、「バストゥ bastı 」とは「押さえ付けた、圧迫した」の意(動詞の過去形)で、「コルバストゥ Kolbastı 」とは「(警官が)腕を押さえ付けて逮捕した。」と云う意味のようです。
※尚、このニュースは、「2010年08月10日 09:18 発信地:ウェリントン/ニュージーランド」との事ですが、2年以上も前のニュースが、なぜ今、大手ニュースサイト(確かYahoo!ニュース)で取り上げられたのかは分かりません。
「コルバストゥ Kolbastı 」は、トルコ北東部の中心都市、トラブゾン Trabzon (世界史ではトレビゾンド Trebizond の名でも有名)で、1930年代に生まれたダンスのようです。
下の動画を観ても分かるように、足で強くリズムを取って飛び跳ねる、シンプルだけど躍動的なダンスのようです。
しかし、暴行している、と見間違えそうな風には見えません^^;
下の動画は、トルコの恐らくトラブゾンで行われた結婚披露宴で「コルバストゥ Kolbastı 」を踊る花婿花嫁と列席者達を映した動画のようです。
花婿と花嫁のダンスはとても上手で魅力的で、息もぴったり合っている、と思います。
トルコにはダンスの上手な若者が多いようで、私もトルコで友達の友達の結婚披露宴に招かれて、見よう見まねで少し踊りましたが、その時にも、「こんな田舎町にプロのダンサーが居るのか?」と思う位ダンスの上手な若者達が居ました。
また、下の動画では、ちょっとお姉さん風の女性と男子学生達が、如何にも「青春」と云う感じの雰囲気で一緒に踊る場面も有りますが、この感じもトルコでよく見た気がします^^
更には、やけに「コルバストゥ Kolbastı 」が上手な幼い子供達も出てきますが、これもまたトルコらしい一コマです。
こう云う、私が見てきたトルコに通じるようなトルコの動画を見ると、ちょっと懐かしい気分になります。
参考ページ
「コルバストゥ Kolbastı 」と云うダンスです。
※因みに、トルコ語で「コル kol 」とは「腕」の意、「バストゥ bastı 」とは「押さえ付けた、圧迫した」の意(動詞の過去形)で、「コルバストゥ Kolbastı 」とは「(警官が)腕を押さえ付けて逮捕した。」と云う意味のようです。
※尚、このニュースは、「2010年08月10日 09:18 発信地:ウェリントン/ニュージーランド」との事ですが、2年以上も前のニュースが、なぜ今、大手ニュースサイト(確かYahoo!ニュース)で取り上げられたのかは分かりません。
「コルバストゥ Kolbastı 」は、トルコ北東部の中心都市、トラブゾン Trabzon (世界史ではトレビゾンド Trebizond の名でも有名)で、1930年代に生まれたダンスのようです。
下の動画を観ても分かるように、足で強くリズムを取って飛び跳ねる、シンプルだけど躍動的なダンスのようです。
しかし、暴行している、と見間違えそうな風には見えません^^;
下の動画は、トルコの恐らくトラブゾンで行われた結婚披露宴で「コルバストゥ Kolbastı 」を踊る花婿花嫁と列席者達を映した動画のようです。
花婿と花嫁のダンスはとても上手で魅力的で、息もぴったり合っている、と思います。
トルコにはダンスの上手な若者が多いようで、私もトルコで友達の友達の結婚披露宴に招かれて、見よう見まねで少し踊りましたが、その時にも、「こんな田舎町にプロのダンサーが居るのか?」と思う位ダンスの上手な若者達が居ました。
また、下の動画では、ちょっとお姉さん風の女性と男子学生達が、如何にも「青春」と云う感じの雰囲気で一緒に踊る場面も有りますが、この感じもトルコでよく見た気がします^^
更には、やけに「コルバストゥ Kolbastı 」が上手な幼い子供達も出てきますが、これもまたトルコらしい一コマです。
こう云う、私が見てきたトルコに通じるようなトルコの動画を見ると、ちょっと懐かしい気分になります。
Düğün Kolbastı - YouTube |
参考ページ
- 「トルコの伝統舞踊だ!」 妻暴行容疑で逮捕の夫が激怒、NZ 国際ニュース : AFPBB News
- Düğün Kolbastı - YouTube
- Kolbastı - Vikipedi (トルコ語)
- Kolbastı - Wikipedia, the free encyclopedia (英語)
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ノイシュヴァンシュタイン城のジグソーパズル |
ヨーロッパの皇帝位は基本的にローマ皇帝位の事ですが、ロマノフ家の皇帝位は東ローマ皇帝位を、ハプスブルク家とホーエンツォレルン家の皇帝位は西ローマ皇帝位を継承している、とされていたようです。
この内、初めの二つ、ロマノフ家とハプスブルク家が、ほぼ無名の小貴族から始まって栄耀栄華を誇るようになった、と云うのは比較的有名です。
しかし、ホーエンツォレルン家の発祥については、過去に聞いたり読んだりした事が無い、とふと気が付きました。
そこで、ちょっと調べてみました。
すると、ホーエンツォレルン家発祥の城、ホーエンツォレルン城の、びっくりする程幻想的で美しい、見事な写真が沢山見付かりました。
美しさで有名で、ジグソーパズルの題材になったりディズニーランドの眠れる森の美女の城のモデルになったりしている事でも知られているノイシュヴァンシュタイン城よりも、幻想的で美しい、と思います。
そこで、備忘も兼ねて、ここでご紹介する事にしました。
参考ページ
- ファイル:Jigsaw-pazzle.jpg - Wikipedia
- Beautiful Hohenzollern Castle (6 pics) - Izismile.com
- ファンタジー世界から抜け出したような「ホーエンツォレルン城」の絶景…ドイツ:らばQ
- File:Burg-Hohenzollern-Winter.jpg - Wikimedia Commons
- File:Swabian-Alb Burg Hohenzollern.jpg - Wikimedia Commons
- ファイル:Burg Hohenzollern ak.jpg - Wikipedia
- バケツの武術録 西洋の山あり谷あり
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